ホーム  ブログについて
2023.6.30./エッセイ
テレビゲームをする

私もいい歳になってきたと思う.私はもともと IT に興味があり,1980年代からパソコンをいじっていた人間だ(と書くと年齢がばれそうだが).日本製の PC-98 というパソコンが日本の業界を席巻していた時代だ.まだ自分でプログラムを書いて利用するのが基本的なパソコンの利用方法で,アプリケーションを使うというのはあまり一般的ではなかった時代だった.

そのころは主に BASIC という言語が搭載されていたスタンドアロン型のパソコンだったが,MS-DOS という OS が登場してきて,ハードウエアの相違を MS-DOS のデバイスドライバが吸収することによって,共通のプログラミング言語が異なるハードウエアの上で実行できるようになった.ちょうどその頃に私はパソコンにのめり込んだ.ただ 8086 というプロセッサが遅く,スピード感がない動きだった.そこで私はマシン語(アセンブラ)を学び,直接 CPU を動作させるプログラミングを行った.図形がマウスの動きに伴ってストレスなく動く満足のいく結果だった(今では当たり前だが).その作品を Oh!PC という雑誌に送ると賞をいただいたりもした.

私はそれくらいパソコンオタクだった.ところで,1990 年代になると,いわゆるスーパーファミコンが発売され,スーパーマリオのゲームが登場した.それまで小さな液晶画面でちょろちょろキャラが動くようなゲームが多かったが,テレビ画面で動くゲームとして一躍脚光を浴びた.もちろんそれ以前にもテレビ画面で動くゲーム機はあったようだが,私のようなゲーム音痴が知ったのがこのスーパーファミコンだったし,我が家に入ってきたのもこれが最初だった.もちろん子供用だが.

子供はマリオに夢中になっていたようだが,私はパソコンオタクではあっても,全くゲームには興味を持てなかった.当時私は,喫茶店で時々インベーダーやギャラクシアンをやっていたぐらいである.ところが大きな出来事が私をテレビゲームに没頭させた.それは阪神淡路大震災である.

この当時は震災の現実を受け入れがたく,街が破壊された目の前の景色を見て,それをどう消化したらよいかも分からず,とにかく被災者の方々の世話をして毎日を過ごすという立場で生活していた.そんな毎日がかなり続き平常がだんだんと戻ってきたとき,家に帰って子供の持っていたゲーム機のスイッチを入れたことがあった.そしてそのゲームの世界観の中にどっぷり浸かると,現実を忘れるというか,現実から逃避できることに気がついた.ゲームは「大貝獣物語」というロールプレイングゲームだった.それから約半年,1周目をクリアし,2周目はキララというキャラ1人で冒険・攻略するという難度も上げてクリアした.子供に攻略法を教えるくらいのめり込んだ.日常の重苦しさがまだ街に漂っている時期,もう一つの居場所を提供してくれたテレビゲームにかなり精神的にすくわれたような気がする.

精神的になんとか大震災を乗り越えた感じがして,その後しばらくはテレビゲームから離れた.またプログラミングを始めパソコンオタクに戻った.ところが次に子供がプレイステーションを買ったのだ.ファイナルファンタジーという今でも続編が続いている超有名ソフトを子供がやっているのを見た.画面のグラフィックは,劇的に美しいものに進化していた.

私はパソコン以外にはビデオに興味があり,1990 年代はパソコンを使った「アナログビデオ」の編集が行われていた時期でもあって,パソコンでビデオ編集もやってもいた.また動画をパソコン上で動かすことにも興味を抱いていたが,当時はまだ CPU の処理能力が低く,非常に小さな画面でフレームレートも 15fps とかいったちゃちなものしか動かせなかった.しかし 1990 年代末に DVD が発売され,映画が非常に美しく再生できるようになった.パソコン上で「美しい」動画が動かせなくても,DVD を作成することで美しい動画が作れるということになり,市場もそれに敏感に反応して,DVD のオーサリングソフトが次々と発売された.もちろん私はそれに飛びついた.

子供も大学進学で家を出て行き,夫婦二人暮らしが始まった.子供のやっていたプレイステーションのグラフィック画面が忘れられず,PSX という DVD 録画も出来,プレイステーションのゲームも出来る機器を導入して,自作映像再生とゲームの両方の欲求を満たそうとした.その頃にはまったのが,ファイナルファンタジー X と X-2 であった.X は子供が買ったものだが,X-2 は私が買った,ユウナという女性キャラが活躍するゲームだ.映画界ではエイリアンあたりぐらいだったか,女性キャラが戦いに巻き込まれて活躍するというパターンが,かなりトレンドになっていた時代だった.そういった背景もあってか,私は X-2 にはまった.そういえば,大貝獣物語もキララという女性キャラ単独で攻略するパターンを選んだものだった.きっと私はこういうシチュエーションが好きなのだろう.

さて,前置きが非常に長くなった.こんなに長く書く気はなかったが,ついつい昔を思い出してしまった.今回のテーマは私がいい歳をして PS5 を買ったことなのだ.

PSX が壊れて以来,テレビゲームからは遠ざかった.その間にプレイステーションも4,5と進化してきた.IT 好きの私が最近にわかに興味を持ち始めたのが VR である.生きている間にぜひ VR というものを体験してみたいという思いが強くなったのだ.最近ようやく PS5 が手に入れやすくなり,通常販売になってすぐ飛びついた.そして PS-VR2 は発売とほぼ同時に購入した.最初に買うソフトは決めていて,グランツーリスモ 7 という,レーシングゲームだ.これを VR でやってみたかった.結果は上々で,平面ディスプレイ上でやるより VR の方がずっと現実感が増し,コントロールもしやすくなった.VR は期待通りであった.

さてしばらくプレイした後,次にどんなソフトを購入しようかと,ネットショップをのぞいた.そこで私は浦島太郎的な感覚を覚えたのだ.

秋葉原に行くと,かわいいアニメ調の女の子のキャラがたくさん看板などに描かれていて,スマホゲームのキャラも同様,ゲームの世界はこういったキャラクターが今でも支配的だという先入観で,ネットショップをのぞいたからだ.しかしそこに見られた売れ筋の有名なソフトは,多くがあまりにリアルなのだ.確かに女性キャラが活躍するゲームも多いが,みんな芯のある力強さが前面に出た,リアルすぎる表情をしている.映画に登場するアクション派の女優のようだった.ゲームに現実感が入りすぎると,ストレスがたまるような気がして,プレイするのに抵抗感が生じたのだ.

PS-VR2 のゲームがまだ少ないこともあって,この次のゲーム選びは難儀した.結局「オノゴロ物語」というアニメ調の 3D 少女が主人公の謎解きゲーム(正式には大正浪漫蒸奇譚 / VR アクションアドベンチャーゲームというのだそうだ)にした.グランツーリスモの方は車の運転シミュレーションなので,まだ現実と大きな違いを感じなかったが,オノゴロ物語の方は,謎解き部分はいいとしても,バトルシーンでは散々にやられっぱなしになってしまった.自分がこれほどいわゆる「反射神経」が鈍っているとは思わなかった.ネットの動画を見ると,みんないとも簡単にボス戦をクリアしている.わたしは先に進むのを諦めかけたこともあるくらいだ.

こんなとき,いわゆるパニックというのがどういう状態か,初めて客観的に認識できた.コントローラの操作の仕方は理解しているし普段は普通に操作ができるのに,たくさんの敵(眷属)が一斉に攻めてきたり,ボスが次々と連続攻撃を仕掛けてくると,もう無茶苦茶にボタンを押している自分に気がつくのだ.車の急発進でブレーキを踏めなかった高齢者が陥る状況はおそらくこれと類似した状況ではないかと思う.分かっていても慌てると出来ないという状況だ.

ある日孫が遊びに来た.PS5 にはじめからバンドルされているアストロ・プレイルームというゲームがある.これをさせてみると,次々にクリアしていき,2回目に来たときにはすべての内容をクリアしてしまった.これはコントローラの扱い方を習熟するためのソフトで,私もはじめやってみたが,まだ半分もクリアできていない.いわゆる「反射神経」の差が歴然と出たことを深く感じた.「これが高齢者の現実なのだ」と思い知らされた.

少し前テレビで,老人ホームにテレビゲームを導入して,それを高齢者が楽しんでいるというニュースがあった.この現実を思い知らされた私は,テレビゲームの効果を真面目に考えるようになった.ゲームを続けることによって,反応速度が上がる,とまでは行かなくても,刺激に対する反応を正しく行えるようになるのではないか,ということである.

オノゴロ物語はクリアするのに10時間ぐらいが普通らしいのだが,私は24時間経ってもクリアできなかった.本当に自分の衰えを痛切に感じたのだが,不思議なもので,だんだんと冷静に対処できるようになってきたことも事実だ.相手の動きや癖を冷静に読み解き,深追いせず躱すところは躱し,攻めるところは攻めるといった,若いゲーマーなら当たり前にやっていることが出来るようになってきたのだ.

脳の老化というと認知機能が問題になることが多いが,こういう「冷静に瞬時に反応するという神経回路を鍛える」こともとても重要であるように思う.そして何より最近非常に元気になった気がする.オノゴロ物語は3度クリアして,ほぼすべての内容を見ることができた.コセ・ハルさんという孫のような少女との二人旅も,現実にはあり得ない 3D 体験として,後味のよいものだった.物語の背景が日本であることや,今年ちょうど100年目を迎える関東大震災を最後に取り上げていることなど,ゲームのつくりにも作者のそれなりの思いが感じられてよかったと思う.

そして次に始めたゲームが「サムライ・メイデン」というゲームだ.これも日本的な世界観を持つゲームで,本能寺の変をデフォルメしている.このゲームは,下着が見えるとか見えないとかいうことがネットで話題になっているちょっと「紳士な(H要素のある)」ゲームだ.ゲーム業界ではこういうジャンルを「紳士」と呼ぶのを初めて知った.私もはじめのうちはドキッとしたが,もう慣れて当たり前になってしまった.それよりガールズトークが面白い.近頃の十代の子たちはこんな話をしているのかと思ったりする.

本能寺の変は織田信長が明智光秀に殺される(自害する)事件だったはずだが,登場人物たちが織田信長を助けて明智光秀の謀反を阻止しようとする展開で話が進む.「明智光秀が歴史を変えようとしている」という初期設定になっているのだ.ネタバレになるので明かさないが,これは途中で正される.ほんのちょっぴり歴史的テイストを入れていることが嬉しい.

そしてなにより私を楽しませてくれているのが,バトルシーンだ.慣れたゲーマーからは単調で同じ敵ばかり出てくるので面白くないという評価もあるようだが,「冷静に瞬時に反応する神経回路を鍛える」という目的を持った私にとっては,だんだんと腕が上がってくる自分が楽しみになっている.冷静に相手の動きを見て,隙を見計らって攻撃することが出来るようになっていることが実感できる.上杉謙信というとても強いキャラと戦うシーンがあるが,はじめはやられっぱなしでも,よく研究して,ほぼ無傷で勝つ方法を見つけたりすることも楽しい.謙信との再戦では,一回目は相手を知るために負けたが二回目で勝つことができた.ただ泡沫空間という世界で,空中に浮かぶ板の上を跳びはねて移動するのはいまだに苦手だ.これは VR だったらもっとうまく出来るかもしれない.

さて,話があちこちに行ったが,要は高齢者にとって,テレビゲームは普段ほとんど使わない神経回路を鍛えるのに役立つように思えることを伝えたかったのだ.また自分の好きなゲームが見つかれば,その世界観の中で楽しめ,気持ちも若返ることが出来る.これは最近何かしら元気になったような気がすることで実感できる.アバターという映画があったが,その感覚が擬似的に体験できるのが,最近の高精細グラフィックのゲームだと思う.



過去の記事

リンク



2022.1.20./エッセイ
新型コロナウィルスの進化

 今日も新型コロナウィルスのニュースが流れている.流されてくる情報は,感染者数とか,重症化率とか,まん延防止措置を発出するかとか,多くが人間の立場に立ったものだ.今後の展開は全く予断を許さないものだが,ウィルスの立場でものを考えれば,少しはその方向性が見えてくるのではないかと考えたりする.高校生物ぐらいの知識で,新型コロナウィルスのことを考えてみたいと思う.

 細胞を持たず,それ単独では代謝もないウィルスは,生物ではないという考え方があるが,ここでは生物として考えたい.人類が誕生してから今日に至るまで,ウィルスが人類を滅ぼしたことはないと思われる.もしウィルスが人類を滅ぼすとすると,人類に感染して生きるウィルス自身も滅ぶことを意味している.この事実は,一時的にウィルスがヒトに襲いかかることがあっても,最終的にはヒトとウィルスはこの世界で共存するような道を歩むのだということに他ならない.きっと今の新型コロナウィルスも,やがてはヒトと共存する道を選ぶに違いない.こう書くとウィルスに意思があるように見えるが,そうではない.ウィルスが「進化」することで,そのような状況に至るということである.もう少し今の実態に即していえば,次々に現れてくる性質の異なる変異株の中で,ヒトと共存できる性質を持った株が出現し,それが最終的な共存成功者となるということである.

 実際,新型コロナウィルスは「進化」している.進化には,「大進化」と「小進化」がある.大進化とは,恐竜から鳥が進化したというように,種そのものが変わっていくような変化をさす.対して小進化とは,種は変わらないまでも,その種の集団の持つ遺伝的内容が変化することをさす.大進化には非常に長い時間がかかるが,小進化の場合は,一人の人間が観察できるほどの時間スケールで起きることがある.特にバクテリアやウィルスのような,世代時間が短い生物では顕著である.新型コロナウィルスの変異株(遺伝的に変化したもの)が次々に流行していることは,まさに小進化が起きていることを示している.

 ところで,進化を考える際に,まず最初に整理しておく概念がある.進化は個体には起きないということである.進化は集団に起きるものである.つまり,ある生物種の「集団」の持つ遺伝的内容が,「世代」を繰り返していきながら変化していくことが進化である.

 一方で遺伝的な変化とは突然変異のことである.多くの方がご存じのことと思うが,遺伝子の正体はDNAの塩基A,G,T,Cの配列である.例えば,...AAGCGTAGGTT...という配列があったとき,三番目のTがGに変わってしまい,...AAGCGTAGGTT...というような変化を突然変異と呼ぶ.この場合,塩基が別の塩基に置き換わったので置換と呼ばれるが,これ以外にも,塩基の挿入,欠失など,様々な変化がある.この塩基配列が変わることで,つくられるタンパク質が変化し,例えば,コロナウィルスのスパイクタンパク質の構造が変化したりするのである.突然変異は,原則として規則性がなく,ランダムに,一定の確率で,特別なねらいを持った方向性もなく,いわばでたらめに起きる.

 この突然変異は,進化の必要条件であるが,これだけでは進化は起きない.わかりやすいように人間を例にとって話してみよう.突然変異は,言うまでもないことだが,個人のどれかの細胞で起きる.ところが進化とは,「集団」全体の遺伝的内容が「世代」を通して変化していくことである.したがって,ある特定の「個人」に起きた突然変異が「集団」全体に広がらなければ進化は起きないし,また「世代」を越えてこの突然変異が伝わっていくためには,突然変異は体細胞に起きたのではだめで,生殖細胞に起きなければならない.以上から,進化が起きるためには,次の二つのステップが必要であることが分かる.

  1. 集団内のどれかの個体に突然変異が起きること.
  2. その突然変異が世代を繰り返しながら,集団全体に広がること.

 このうち 1. は,細胞分裂の際のDNAの複製ミスなどによって,ランダムに一定の確率で起きる現象である.言い換えれば,低い確率ではあるが,常に起きている.したがって進化が成功するかどうかは 2. にかかっているといえる.

 ウイルスの進化においても,原理は変わらない.ただ,ウィルスは粒子単位(単細胞とは言わない)の生命体で,細胞に感染して次世代の粒子をつくるので,上記の二つのステップは,次のように言い換えることができる.

  1. 世界中の新型コロナウィルスのどれかの個体に突然変異が起きること.
  2. その突然変異が,人に感染し細胞内で次の世代の粒子をつくって,それがまた次の人に感染して...,を繰り返して集団全体に広がること.

 このうち 1. の変異株の出現(つまり突然変異)自体は一定の頻度で起きるもので,実は重要なことではないのだ.問題はその変異株が集団全体に広がることができるかどうか(よく使われている言葉でいえば置き換わるかどうか)という点にある.そしてそれができるかどうかは,その変異株の持つ性質によって決まる.

 ところで,進化の原理といえば,自然選択説(自然淘汰説)を思い起こす人がいるだろう.19世紀にチャールズ・ダーウィンが唱えた説で,いまだに生物学の基本原理として生き続けている.これは,上記の 2. が成功するかどうかについて述べた説である.自然選択説以外には,遺伝的浮動というのが 2. を説明する説として知られているが,ここの論ではあまり重要ではないので,説明は省略する.

 自然選択とは,「集団の各個体に存在する遺伝的な違い(遺伝的変異という)に基づく表現型の違いが,その集団が現在置かれている環境(環境圧,選択圧,淘汰圧などと呼ばれる)の中での生存しやすさの違いに影響を与えているとき,より生きやすい表現型を持った個体が生き延び(生存競争に勝って),より多くの子孫を残すことになる」という考え方だ.したがって世代を繰り返すうちに,その表現型をつくる遺伝子を持った個体が増え(選択され),集団全体にその遺伝子(を持つ個体=変異株)が広がっていくという考え方である.

 まとめると,自然選択によって進化が起きるためには,

  1. 集団内に遺伝的変異に基づく表現型の違いが存在すること,あるいは突然変異によって集団内に新しい表現型が生まれること.
  2. その生物の生存にとって何らかの環境圧が存在すること.言い換えれば,その生物が子孫を残すのに好ましくないような環境要素が存在すること.
  3. 集団内のある表現型(あるいは突然変異によって生じた表現型)がその環境圧のもとでより多くの子孫を残すことができる状況にあること.

 の三つが必要である.

 前置きが長くなった.新型コロナウィルスの進化について,これらの考え方をもとにして見ていくことにしよう.実際の変異は多岐にわたる複雑な様相を呈しており,変異株の流行も複数が同時に含まれて起きているので話は単純ではないが,理解をしやすくするために単純化して話していくことにする.

 今まで,人間に認知されている新型コロナウイルス変異株は,武漢から知られたオリジナルの株以後,アルファ,ベータ,ガンマ,デルタ,...,オミクロンと,かなりの種類がある.しかし,これらの突然変異が集団に大きく広がるのに成功した株は,日本ではアルファ,デルタ,オミクロンなどだ.つまりこれらはその前に流行した株とほぼ置き換わった.つまり「生じた突然変異が集団に広がり,集団の遺伝的内容が変化した」ので,進化が起きたと考えてよいだろう.

 では,この進化を,自然選択の枠組みで考えてみよう.自然選択が働くには上記三つの条件が必要だが,まず突然変異はそれなりの頻度で起きていて次々に変異株が報告されている.そしてそれらの変異株はスパイクタンパク質の性状が異なって感染力が異なるなど表現型に違いがある.つまり表現型が複数あるという条件は満たされている.さらに今後も新しい変異株が登場するであろう.

 次に環境圧の存在だが,新型コロナウィルスに対し子孫を残させにくくする圧力は,入院や自宅待機も含めた隔離や外出規制やワクチン接種などである.感染者が隔離されると,その体内のウィルスは,やがて,免疫力によって処理され死滅するか(患者の回復),不幸なことだが患者が死亡することによって死滅する.いずれにしても他者に感染して子孫を残すことができず,それらのウィルス個体は消えていく(淘汰されるという).ワクチン接種した人の体内でもウィルスは免疫力によって死滅するので,やはり淘汰されていく.さらに,新薬の登場によってウィルスを殺傷することができるようになると,これも大きな淘汰圧になる.我々社会のとっている対ウィルス行動は,かなり大きな淘汰圧となっているといえよう.

 さて,こういう状況の中で,新型コロナウィルスがどのように進化していくのだろうか.これには,3. に基づき,次のような問いに答えることを考えればよい.

「今のような淘汰圧が働いている状況で,ウィルスがどのような性質(=表現型)を持てば,人類社会の中でより多くの子孫を残せるだろうか?」

 例えばデルタ株は,感染力が強く,症状も激しいと言われていた.こういう株は,感染力の強さという点でそれ以前の株よりより子孫を残しやすいが,一方症状がはっきり出て重症化もしやすいとなると,我々の社会もそれに対応しようと,ワクチンの接種を進め,隔離を厳しくし,人の集まる場所を規制して自宅にとどまる人を増やすなど,淘汰圧を強めていく,というか,実際にそのように対応した.また不幸なことだが,お亡くなりになる方も多く出て,これもウィルスの立場から考えると淘汰圧となる.したがって,デルタ株はある程度広がったが,やがてその淘汰圧のもとでは広がることができない限界が来たといえるだろう.つまり我々社会のつくりだしている淘汰圧と,その下でのウィルスの子孫の残しやすさ(=適応度)のバランスによってウィルスの広がり方が決まるのだ.

 デルタ株の次に進化してきたのがオミクロン株である.オミクロン株は,感染力がデルタ株よりさらに強いと言われている.これはウィルスにとって,より多くの子孫を残すのに有利な形質であるといえるだろう.また従来のワクチンが効きにくいといわれ,これもワクチンによる淘汰圧をすり抜ける意味で有利な形質といえるだろう.しかし一説によれば(まだ確定していないらしいが),重症化率が小さく,軽症や無症状も多いという.これはどうだろう.我々の社会がつくりだしている淘汰圧のもとで,子孫を残すのにより有利な形質といえるだろうか.ここは意見の分かれるところかもしれないが,私は有利な形質であると考えている.例えば無症状が多ければ,感染に気づかず隔離されることもなく,さらに他の人に感染して子孫を残しやすい.風邪状の軽症であれば,検査を受けず病院に行かない人もいるかもしれない.つまり,我々社会が「もうあまりガチガチに対処しなくてよい」と思うような状況がつくり出されると,これはウィルスにとっては子孫を残しやすい状況になるのである.最初に述べた「人類と共存しやすい性質」といえるかもしれない.

 しかしながら,ここで注意しなければならないのは,「オミクロン株は重症化しないから緩やかな規制でいいのではないか」という考え方である.オミクロン株が他の株を駆逐して進化してきたのは,「今の環境圧」のもとでより多くの子孫を残しやすい形質を持っているからであって,「今の環境圧」つまり様々の規制をそっくり取り除いたら,また違った方向性を持った株が進化してくるかもしれないということである.あくまで進化の方向性を決めるのは,淘汰圧とそれに対するウィルスの適応度とのバランスなのである.規制の解除は徐々に慎重に行わなければならないであろう.

 オミクロン株の出現は,我々社会の行っている規制が正しい方向を向いていることの証左であると私は考えている.では最終的にウィルスの形質がどのようになれば,新型コロナウィルス感染は終息するのであろうか.極論を言えば,感染力が強くなり,病原性がなくなることである.こうなれば我々社会はこのウィルスに対して何もしなくなると考えられ,淘汰圧がなくなり,ウィルスも感染し放題となって子孫を残していける.しかしこのウィルスが呼吸器系に感染する限り,我々の免疫系がそれに対処し,何らかの症状が現れることは避けられないと考えられる.したがって,病原性は残るものの重篤にはならないという状況が落としどころになると考えられる.よく言われるインフルエンザ程度の症状ですむというものである.

 しかしこの場合でも,我々は,淘汰圧となるワクチン,特効薬などは持ち続けていかねばならない.今のインフルエンザでも,ワクチン接種が勧められているし,タミフルやリレンザなどの特効薬がある.さらに学校では数日間登校停止になるといった緩い隔離措置が認められている.こういう「淘汰圧」を持つことで,インフルエンザと我々人類は共存しているといえる.新型コロナウィルスの場合も同様であろう.つまり,今我々が行うべきことは,うまく淘汰圧を働かせて,新型コロナウィルスを我々が許容できる性質を持つように進化させることである.そういう意味では,まだしばらく時間がかかると思われる.

エピローグ:
 このパンデミックの最終的な姿を予想してみよう.感染すると,インフルエンザと同じように,咳が出て,発熱し,体がだるくなって寝込むなどし,さらに一部の人においては重症化して肺炎から死亡することもある(実際インフルエンザでも死亡する人はいる)かもしれないが,ワクチンで予防でき,感染しても特効薬で軽快でき,若干の登校(出勤)停止のような規制をすれば社会復帰できるような病気になったとき,我々社会の淘汰圧とウィルスの適応度のバランスが許容範囲になるのだと思われる.デルタ株を駆逐したオミクロン株の出現は,その方向にウィルスの進化が舵を切ったように見える.この次の新変異株の流行ぐらいでパンデミックが終わるという人もいる.そうあってほしいと思う.



過去の記事

リンク



2020.5.5./エッセイ
「収束」と「終息」

新型コロナの報道が毎日のように流れている.そんな中,常日頃から気になっていることが一つある.ニュースや報道番組で流れる字幕に,「収束」と「終息」の二つの語が,あまり考えることなく使われているのではないかという懸念である.新型コロナウイルス感染症流行の「収束」と,新型コロナウイルス感染症流行の「終息」は同じ意味なのだろうか,それとも違う意味なのだろうかと言うことだ.

例えば安倍首相の記者会見では,首相は音声で「シュウソク」と言っている.これを番組で字幕にして流すときに,局や番組によって,「収束」が使われていたり,「終息」が使われていたりする.そこで広辞苑第五版で調べてみると,「収束」は「おさまりをつけること,おさまりがつくこと.例文:事態の収束をはかる.」と書かれており,「終息」は「事がおわっておさまること.」と書かれている.

よく似ていてわかりにくいが,次のような例を示せば,その違いが分かると思う.例えば,新型コロナウイルス感染症流行が,ワクチンや治療薬が完成し,完全に克服された時に出される「シュウソクセンゲン」に,どちらの文字をあてるかということだ.お分かりと思うが「終息宣言」が正解で,「収束宣言」とは書かない.

つまり,「収束」とは,あるねらった状態に収まることを意味しており,「終息」とは完全に終わったことを意味するということだ.

思うに,今,政府の方々を初めとしたコロナ対策に中心にいる方々が,とりあえずねらっているのは「収束」だと思われる.新規感染者数がある一定以下になり,PCR検査の陽性率がある一定以下になり,等々,この状況がある一定の範囲内に「収束」することをねらっているのだと思う.本当の「終息」は,立場のある医療関係者が言っているように,「ワクチンが開発されたときであり,それには相当の期間がかかるだろう」ということだと思う.

「収束」によって,とりあえずの医療体制を崩壊から守って維持し,経済活動をそれなりに再開し,新しい日常での生活を始められるようにする.そして,ワクチンや治療薬が開発されて,やがてやってくる「終息」の日を待つ,ということなのだと思う.

マスコミには,正しい意味で,言葉を使うことを期待したい.

銀河鉄道トップページ雑記ホームアメブロの同記事(コメントはアメブロの記事に) |


過去の記事

リンク



2017.11.26./エッセイ
自由ほどしんどいものはない

 今朝,テレビのニュースで,「君たちはどう生きるか」という漫画が大反響をよんでいるというニュースを見ました.このニュースを見て,この本の内容とは全く関係ない(というかまだ読んでいない)ことですが,若いころ考えていたことがふと頭をよぎりました.

 私は子どものころに両親の離婚を経験しました.それまでは,いい子でさえいれば親は子どものためなら何でもしてくれる存在のように思っていました.親子の間に暗黙の信頼関係のようなものが存在しているような気がしていました.しかし,離婚は絶対いやだという私の訴えに反して両親は離婚してしまいました.そのとき,親には親の人生があって子どもの思い通りには動いてくれないこともあるのだということをいやというほど実感させられました.その日から「親に気に入られるいい子」でさえあれば生きていくのに何の不自由も感じなかった生活から,いきなり依るすべのない荒野に放り出された感じがしました.その日を境に,私は生きる意味が見えなくなってしまいました.「自分は何のために生きているのだろう」という疑問と戦う日々が始まりました.

 私は母親に引き取られましたが,幸い経済的には破綻していなかったので,その後大学へ進学することができました.そのころの国立大学は入学金が4,000円,授業料が月1,000円という今では信じられない料金でしたから,母子家庭でも大丈夫だったんですね.ただ学生生活は乱れ,昼夜が逆転するような生活を送り始めました.

 そんなとき私をかろうじて踏みとどまらせてくれたのが「倫理学」でした.「倫理学」などと書けばなんと堅いことという風に感じられるかもしれません.でも上の「君たちはどう生きるか」という本をAmazonで検索してみると,そのカテゴリーに「倫理学」,「哲学」という文字が目に入るはずです.こうった言葉は日常生活から遙か遠い言葉のように今では思われているのかもしれませんが,この本がベストセラーになるということは,今多くの人に倫理学や哲学が求められているのではないかと,私には感じられます.「自分は何のために生きるか」というような問いかけは,倫理学・哲学の問題です.

 さて,理科系人間の私が大学の一般教養の倫理学の授業で学んだことで当時の自分の気持ちと一番合致したのが,相対主義という考え方でした.かみ砕いていえば,これは価値判断には正解がないということです.言い換えれば,価値判断は,大きくいえば文化,小さくいえば個人の中では正解があるかもしれないが,どれが正しいということはできない(=文化や個人によって正解が異なる)ということです.

 自分の依って立つ「親への依存」から急激に解放された私は,良くいえば自由人,悪くいえば生きるための価値基準を持たない人間にさせられたのでした.私は「何のために生きるのか」,「なぜ生きるのか」といったといった答えをさがすのに懸命でした.それまでは,親の価値観や親に気に入られるように生きるといった,私にとっての「価値」にしたがって生きていけばよかったので,人生について深く考えることもなく,とても楽でした.

 多分,どの子どもでも,やがて親離れして,そういった価値観から離脱していくのだとは思いますが,このときそういった価値観が存在すれば,それを基準にして,自分の生きていく方向性が決められるわけです.親の考え方に反発するとか,親の考え方を認めそれをさらに実現して生きていこうとするか.その両極端の間に適当な位置を見つけて生きていくか(多分普通はこういうことになるのでしょう),いずれにしても基準があれば自分の方向性だけを決めればよいということになります.さらにここには親子の愛情とか親の厳格さ(=親の価値観)だとか,様々な個別の要素が介入しているので,それがいろいろな個別の人生をつくっていくのだとは思います.でもその底辺には親子のつながりという中で育まれたこれらの価値観が存在しているはずです.

 親の離婚は,子どものこういった人生の基準となる価値観を,大なり小なり崩壊させるのだと私は信じています.そして混沌とした相対主義的価値観の海に放り出されるのです.自分にとって世の中で一番大切にしている親の離婚でさえ許されるのだったら,もうどんな生き方をしてもかまわないと,子どもには思えてしまうのです.ではどんな生き方をするか,当然答えは簡単には見つかりません.基準がないので,まるで海に放り出されてつかまる物がないような状況です.ですから,まずつかまる物をさがすことに必死になります.

 学生時代乱れた生活をしたと書きました.徹夜麻雀を毎日のようにやったり,酒を飲んだりしました.もちろん授業には出ず街をうろついていました.そして一年,一般的には無意味ともいえるその乱れた生活が,そういった生活からは何も生まれないということを知らしめる,貴重な経験になりました.私の人生に一つの価値基準が芽生えたのです.個人の価値基準は経験からのみ生み出されるものなのでしょうか.無意味ともいえる生活経験でもそれを通り過ぎるしかないのでしょうか.私にはわかりません.唯一私に言えることは,人生には無駄がないということです.乱れた生活の意味を私は知ったからです.

 私は,このときの自身の混乱から,今の若者たちの感覚が,なんとなく理解できる気がしています.今の時代,子どもたちは,自由に育てられ,将来何になるか,人生をどう歩むかについて,自分で考えろといわれて教育されています.特定の価値観を押しつけることは,むしろ良くないこととされているように見えます.でもそれは子どもたちにとって,かなりしんどいことです.かなり回り道(=多くの経験)をしないと,確固とした自分の人生の価値観を築けないのではないでしょうか.フリーター,晩婚化,...,いわゆるモラトリアム時代が私の若いころとは違って長期化していますが,これらも,若者が自由を克服するために必要としている時間のせいなのかもしれません.

 学生時代二年目からは,それまでの親の仕送り生活に頼らず,自力でアルバイトをして生活費や学費を稼ぐことが私にとって重要な価値であると考えて,アルバイトを始め,授業にも出始めました.この価値観は今でも私の中に息づいています.大学を卒業したのは普通の人より三年遅れましたが,なんとか第一の人生を終えて現在円満退職を迎えることができました.

 「君たちはどう生きるか」では,考えること,悩むことの大切さを説いている,とテレビニュースでは解説していました.これはいわば自由の代償ともいうべきものだと思います.自由とはしんどいものです.でも考えて,行動して,自分の中に生きていくための価値観を形成すること,これが大切だと私も思います.

銀河鉄道トップページ雑記ホームアメブロの同記事(コメントはアメブロの記事に) |


過去の記事

リンク



2017.3.12/エッセイ
阪神淡路大震災,東日本大震災,そしてシン・ゴジラ

シン・ゴジラを観た.

私は神戸在住で,阪神淡路大震災を直接体験した一人である.地震当日,出勤途中で渋滞に巻き込まれ,燃え盛る火事を見ていた.目の前のガソリンスタンドが爆発しないかという恐怖感を持ちながら,前にも後にも進まない状況下でそのまま何時間か過ごした.その時の風景と恐怖は今も記憶に焼き付いている.地震後は,倒れたビルの間を歩いて通り抜けて毎日職場と家を往復した.通りなれた生田新道は,建物がもたれ合うように倒れ掛かっていた.ゴジラ映画をよく見ていた私は,火事にしても建物の崩壊にしても,まるでゴジラが通った後の映画のシーンに見えた.

2011年3月には,東日本大震災が起きた.私はリアルタイムのニュース報道番組を24時間近く録画した.時間がたった後の報道は,映像が編集され当時の混乱や災害の酷さが伝わってこないことを,阪神淡路大震災の時に感じていたからだ.今でも時々その映像を見ることがある.同じ情報が繰り返し報道される中,少しずつ新しい状況が報道に加わっていく.はじめのうち津波の映像が多かったが,しばらくすると原発の状況を伝える報道が多くなり始めた.原発事故の報道内容はほとんどが推測ばかりであった.その後の水素爆発など,これらの推測をあざ笑うかのように事故が深刻化していき,人間の無力さを否が応でも感じさせられた.

東日本大震災の3年後,仕事がらみで,避難指示解除準備区域となった南相馬市小高区に入る経験を持った.その中で通行止めとなっている浪江町の境目まで行った.途中刻々と上がっていく線量計の値を見ていると,その先の方に暗黒の世界が広がっているように感じて,心が冷たくなった.浪江町の封鎖場所の地上1m付近の線量は 2.5μSv/hr 程度だったのでそれほど危険な値ではなかったが, 暖かい春の日差しを浴びた普通の田舎の風景の中に,人の命に影響を与える目に見えないものが存在するという恐怖感はただものではなかった.そして街をいくら進んでも人に出会うことがない全くの無人地帯.家や畑や川や橋などはそのままで信号も変わらず赤や青に点灯していた.これは映画でもなんでもない現実なのだということが,底知れぬ恐ろしさを感じさせるに十分であった.

話を元に戻そう.シン・ゴジラを観た時,私は,これは震災と原発事故をモチーフにした映画だと思った.似たようなことはネットのあちこちに書かれているので,映画の分析はそちらにまかせて,ここではもっぱら私が感じたことを中心に書くことにする.

ゴジラはある日突然東京湾に出現した.この突然感は震災の突然感と同じである.はじめのうちは怖さより興味が先に立ったような一般の人々の行動が描かれている.私も阪神淡路大震災を経験した当日は事の大きさを認識できず,むしろ平常の心で事態に反応し行動しようとする心理が強く働いたことを覚えている.心のどこかに鍵をかけて,平然をとりつくろっていたように思う.悲しいと思ってはいけないと感じていた.そうしないと自分が壊れそうな予感もあった.笑いながら地下避難路を避難する若者たちも同じではないかと感じた.

ゴジラの幼体が呑川を船を蹴散らしながら遡っていく姿は,津波が川を逆流する姿をほうふつとさせる.そして津波が川の堤防を乗り越え陸地へ侵入していくように,ゴジラの幼体が上陸する.自動車を蹴散らし,建物を押しつぶし,ゴジラが津波のように人や車を押し流していく.川からあふれた船や水が人を追いかけるシーンがある.これは東日本大震災のときどこかで見た映像と完全に重なる.また子供を含む家族が建物に押しつぶされるシーンがあった.一階が潰れ,まだ人がいる中での建物の崩壊は,老若男女を区別せず,突如襲ってくる地震の災害そのものである.そしてゴジラが移動した後の状態は,先に述べたように私が阪神淡路大震災で見た風景そのものであった.

街を荒らしまわったゴジラはいったん海へ引き返す.しかしその後,ゴジラの移動経路が放射能で汚染されていることに気づいた.この時点から映画の世界は,単なる「物理的力」による災害から「放射能汚染」という新たな災害状況に突入した.私はこれを観て,当初は津波が中心であった震災報道が,津波が引いたあと,徐々に原発が大変な状況になっているという報道に変化していったことと似ていると思った.そして次第に放射能のことが,映画でも実際の震災報道でも大きく取り上げられるようになっていく.

映画の中で「ゴジラはただ移動しているだけですよ」というセリフがある.これはゴジラは意思を持って東京を襲っているのではないことを見る人に伝えている.核兵器は明らかにある国の意思に基づいて投下されるが,自然災害は人に対して何らかの意思を持って襲いかかるものではない.このセリフからもこの映画のゴジラは自然災害を象徴しているものと感じられる.

続いて,映画ではゴジラ誕生の秘密が明かされる.核廃棄物を食ったことがその原因という設定になっている.核廃棄物が核兵器製造過程で生じたものか原発から生じたものかは,映画では明らかにされていない.昔のゴジラの立ち位置から考えると,核兵器製造過程で生じたものという解釈にすべきかもしれないが,私には原発の放射性廃棄物を想定しているように感じられた.1954年の初代ゴジラは水爆で誕生したという位置づけであったのに対し,今回は原発の放射性廃棄物からゴジラが誕生したというふうに私は読み取るべきではないかと考えている.このことによって,初代ゴジラとシン・ゴジラの伝えようとするメッセージの違いがはっきりとするからだ.

映画はさらに進む.いよいよゴジラは最終形態となって,再上陸する.再上陸したゴジラは,自衛隊の攻撃にも全く動じず,東京へと侵入していく.人が現在考えうる最善の対処をしてもコントロールできない状況は,地震・津波という自然災害,さらに原発事故の状態そのものに見える.実際の原発事故では,津波による電源喪失の報道に始まって,建屋が水素爆発して放射能を持った物質が放出され,汚染地域が広がる.避難区域が指定されて避難勧告が行われ,住民が故郷を捨てて避難をしていった.全くの受け身に回らざるを得ない我々人間の姿は,そのまま映画の中に描かれている.

ゴジラの火焔の吹き出し方が今までとかなり違っている.地面に向かって黒い煙状のものを吐き出し,それが赤い火焔となり,最後に白紫の光線となる.放射性物質を含む黒い煙や赤い火焔を非常に広い範囲にまき散らしていくシーンは,原発から漏れ出る放射能汚染を可視化しているように見えた.

福島第一原発事故から6年経った.私たちは,この事故原発に対して,思考停止状態になっていないだろうか.考えるだけで気が遠くなりそうな事故終結までの時間.机上の工程はできているようだが,時々報道される情報からは,その通りに行くようにとても感じられない現状.考えても答えが出ない,自分の力ではどうしようもないとき,人は往々にしてその問題から目をそらし考えるのを止める.でも現実は,何かの拍子に原子炉を冷却できなくなって,溶け落ちている核燃料が発熱を再開する可能性はゼロではない.その一つのきっかけになりうるのは,次にやってくると予測されている大きな地震であろう.

最後にゴジラは凍結という方法で一時停止状態になって映画は終わる.凍結されて立っているこのゴジラは,緊迫感を与え,人に思考停止をさせない迫力を持つ存在である.ゴジラの今までと異なる戦慄的な容姿は放射能の恐ろしさを,東京という場所は原発のすぐそばには必ず人が生活しているのだという再認識を,そして凍結されても死なずその内部では活動をしている(はずの)ゴジラの生命力は放射能の長期にわたって絶えることのない力を,それぞれ象徴的に表現しているように感じる.私はこの最後のシーンこそ,福島第一原発事故を忘れるな,という強烈なメッセージになっていると感じるのだ.

私にとってこの映画は,とてもリアルに震災を想起するものであった.



過去の記事

リンク



2016.1.3/エッセイ
私の,Pioneer BDP-LX91 の映画ライフ

私は,映画の浪費家である.とにかく気になる映画を次々と観ていく.そして気に入った映画は何度でも観る.好きなジャンルは特にないが,歴史ドラマは苦手である.これは学生時代に,歴史勉強に手を抜いていたしっぺ返しであろう.

さて,そんな映画浪費家の私にとって,映画館で映画を見るというのは,経済的にも,「数的」にも無理である.だからもっぱら市販タイトルを手に入れ,自宅で,プロジェクターで投影して観ている.若いころからAV機器には興味があって,画質・音質には敏感で,どうしても高価な機器に目が行く.この点,最近のデジタル機器は型落ちすると一気に価格が下がるので,中古市場で過去のフラッグシップ機を手に入れることにしている.現在は,プロジェクターにビクターのDLA-HD750を投入し,BDプレイヤーにはPioneerのBDP-LX91をそろえて,一応の満足が得られている.これらは定価で購入すると両方で100万円を超えるが,20万円余りでそろえることができた.BDプレイヤーのほうは一度ドライブ交換をしたが,現在,快調に動いている.

ところで,私が映画タイトルの収集を始めたのはいまから15年以上も前からで,そのころはまだレーザーディスク(LD)のタイトルが販売されていて,DVDも出始めたころであった.DVDのタイトルが多く出るにつれLDの中古価格が下がり始め,かつて欲しかったタイトルが,500円とか300円,時には量り売り状態で手に入るようになり,いわゆる「爆買い」した.フランス映画などの希少タイトルも安価で手に入るようになって,イザベル・アジャーニなど気に入った女優のタイトルもLDで買い集めて,毎晩のように鑑賞した.そのころは,PioneerのHLD-X9をSANYOのLP-Z3につないで観ていた.もちろんいずれも中古品である.そうこうしているうちに,LDタイトルは800枚に届かんとするまで数が増えた.

そのうち時代は進み,地上テレビ放送もデジタル・ハイビジョン化し,映画メディアもDVDからBDへと移り変わっていた.もちろん私はこの間に,LDからDVDへの買い替えも含めてDVDビデオも500タイトルほど手に入れていた.そして今またBDタイトルへの買い替え,...と息切れがしそうな感じを抱きながら,画質にこだわり,お金を費やしていた.なにしろ,BD映画タイトルの24pソースと24p再生プロジェクターが,それまでと格段に違う表現力を呈するのだ.パンしている画面を見ていると本当に動きがスムーズで,ちらちらしていた今までの映像は明らかに24p−60iの2-3プルダウン変換をそのまま60iで観ていたせいなのだということを思い知らされ,これが本物の映画だと妙に納得したことを覚えている.

そんな時に,BDレコーダーではなく,高品質のBD再生専用プレイヤーが欲しくなり,ネットで調べてみたが,これが意外に販売されていなかったのだ.唯一といっていいのが,最初に紹介したPioneerのBDP-LX91であった.LX91で注目すべきは,デジタルテレビ放送を録画したBD(1080/60i)や,NTSCのDVDビデオ(480/60i)の2-3プルダウンで記録されたデータを逆変換して,24pにして再生できるという記事であった.つまり衛星放送の映画タイトルを録画して,LX91で鑑賞すれば,24pの映画,つまり市販のBDビデオと同じになるということだ.白須氏のブログには「空からBDが降ってくる」とまで書かれていた.映画浪費家の私はこの記事で決断した.LX91を購入し,WOWOWなど有料放送に加入し,映画を浪費しようと....そしてその後,録画タイトルは,LDやDVDのバージョンアップも含めて1000を超え,まさに最高のコストパフォーマンスで,映画を楽しんでいる.もちろん,24p変換の恩恵で,録画タイトルが市販のBDタイトルに劣らずきれいであることは言うまでもない.

さて,前置きが非常に長くなったが,ここからが本当に書きたいことなのである.このLX91に,当初考えていなかった恩恵が眠っていたのだ.

まずは,よく言われているDVDビデオの復権である.DVDの市販ビデオタイトルをLX91で再生すると,60iが24p変換され,本当にきれいなのだ.480/24pの映像にこれほどまでの解像感や動きの滑らかさがあることは,60iのインターレースで見ていた時にはわからなかった.確かに遠景をロングでとらえたディティールは1080pの解像力に到底及ばないが,映画の多くは人物を顔のクローズアップやバストショット,ウエストショットでとらえていて,しかも見ている私は,人の表情か字幕に視線が行っていることが多い.つまり,画面に大きく映し出された,人物の映像が多いタイトルは,480pでも十分映画に入り込めるのだ.DVDビデオタイトルも現在値崩れが始まっていて,700円台で新品が手に入るものがあるし,中古では価格崩壊しているものも多い.SF映画のように「絵」を楽しむなら別だが,ドラマ作品であればDVDでもよいのではないかと思い始めている.

次は放送TVドラマのリマスター版である.TVドラマは,ビデオカメラで撮影された60iの作品が多いのではないかと思っていたのだが,少し古いTVドラマは,フィルムで撮影されているものが結構あるようだ.最近放映されているドラマで言えば,Xファイルや刑事コロンボなどは,LX91で24p変換して観ると,非常によい解像感と動きが得られる.再生時にコーミングやぎこちない動きがみられないことから,24pの逆変換がうまく機能しているように思える.もっともこれらの再生時には,オリジナルソースが24pであることを示すLX91のアイコンは出ないので,LX91自体はおそらくこれらのソースを機械的に24p変換しているだけと思われる.プロジェクターのほうは24p信号を受けている表示になっている.

そして,これが驚きだったのだが,LDタイトルをBDにダビングして,LX91で再生すると,明らかな映像の改善がみられることだった.アナログ時代も,24pの映画フィルムを60iにテレシネする際には,24フレーム/秒を30フレーム/秒に変換する操作が必要であったはずだ.LDをBDダビングして観る場合,場面転換時に一瞬コーミングが出ることが結構多く,またひどくコーミングが連発する場合もある.ダビングしたソースについては,LX91はオリジナルが24pであるアイコンを表示しないので,それを24pとはみなしていないことになる.したがって,LX91が機械的に24p変換をしているせいだろうと考え,一時停止して1〜5フィールドコマ送りし,再生を再開すると,コーミングが消える場合があることに気付いた.つまり,24pに逆変換する場合,どのフレーム(またはフィールド)から変換を開始するかということが重要だろうと推察され,「頭出し」をしてやることでうまく24p変換が進むのだろうと想像している.ただ,これでも全く改善しない場合もあるし,どうしても場面転換時に時々コーミングが残る場合などもある.いろいろ調べてみると,LDタイトルを作る際PALやSECAMのソースを使っている場合もあるようで,こういった場合は全くうまくいかないらしい.またテレシネの仕方が現在の標準的な方法とは異なるのかもしれない.まだ試した回数が少ないので一般的な結論は述べられないけれども,中にはまるでLDがDVDに変わったと思えるほど改善されるタイトルがある.特にLD作成のためにリマスターしたタイトルは成績が良いようである.こういうことなので,古いLDタイトルを観るときには,まずBD-REを使ってBDにダビングしてから,ということを実践している.この場合,オリジナルがあるので,ダビングしたものは観終わってから次々と消去すればよいから,お金はかからない.

さらにこの話にはおまけがある.私の使っているBD/HDDレコーダーは,SONYのBDP-EX200で,これは録画時に画質調整ができる.先日,ソビエト映画の「魔女伝説ヴィー」というLDタイトルをBDダビングして観るとき,オリジナルの色合いが赤に偏っていたのでこれを調整し,さらにコントラストや明るさも調整して録画し,LX91で24p再生したところ,色バランスや解像感が改善された画面になった.このように,古いLDを自力で蘇らせる楽しみもあって,映画ライフがさらに拡大したと感じている.

以上のように,1080i放送録画タイトルに限らず,DVD,そしてLDまでを生まれ変わったように観ることができ,過去の資産をゴミにしないLX91の力を,本当に素晴らしいと感じている毎日である.このようなコンセプトを持った再生機が市場に現在見当たらないというのは,非常に残念で仕方がない.そして文字通りPioneerの開拓精神に敬意を表し,今後もこういった古いものを大切にできる技術を市場に送り出していってほしいものである.



過去の記事

リンク



2015.12.31/エッセイ
男の愛は意志である −私的恋愛論−

私は学生時代あまりもてなかった.臆病でアバンチュールできなかったという方が正しいかもしれないが,2人ほどの女性と短期間付き合ったことがあるだけである.恋愛について憧れを抱きながら,有り余るひとりの時間,自分の情熱を昇華するためたくさんの書物を読んだ.そして自分の内なる情熱の正体についていろいろと思索をめぐらせた.

一方,わたしはその当時生物学を専攻していたから,人間も動物の一員であるというものの見方が強く心に染みついていた.これは現在も変わらない.どういうことかというと,感情や感覚,あるいは理性も含めて,これらのものは進化の産物であるという考えである.つまり進化というものが繁殖成功度(子孫を多く残すのに成功する確率)が高まるような方向に進んでいき,現在のさまざまな生物の特性はその結果もたらされたものであるという,基本的な考え方が染みついているということだ.

さて,その当時の考え方を整理すると,少なくとも男性にとっては,恋は感情であり,愛は意志である(あるいは意志でなければ本当の愛ではないといってもよい)ということである.

まずなぜ恋は感情かということから述べてみたい.感情というのは,必ずそれを引き起こす刺激が外部に存在する.たとえば,嬉しいという感情は外部の刺激がないところで突然現れるものではない.自分のうれしさを引き起こす外部の刺激があって,初めて嬉しいという感情が湧き起こる.たとえば宝くじが当たった(=外部の刺激)から嬉しい(=感情)のである.外部の刺激がないところで突然嬉しがると,まわりにいる人はきっとその人を理解できないし,気がふれたのではないかとさえ思うであろう.つまり感情とは,刺激に対する反応として現れるものであり,それが自然で,遺伝子に深く刻み込まれた人間の進化の産物であると考えてよいであろう.なお,過去のことを思い出してある種の感情がわき起こるということもあるが,記憶も過去の経験がもとになっているので,時間を経て現出した外部の刺激といえる.

恋は,突然か知らぬ間にかは別としても,基本的に相手が存在して生まれるものである.恋には必ず対象があり,その対象は特定の相手であることは間違いない.それが身のまわりの異性でなく,アイドルタレントであれアニメのキャラクターであっても,何かしら対象があって燃え上がるものである.これは,「特定の人」の存在が刺激となった「反応」に他ならない.恋した時の気持ちは「恋」という語以外ではなかなか表現しにくいものであるが,やはりある人の存在が刺激となり引き起こされた特定の「感情」といってよいのではないだろうか.だから自発的に恋することはできないし,また恋は突然にやってくるものでもある.自発的に悲しみや喜びの感情を引き起こすことができないのと同様である.

恋すると,その先にはその人と結ばれたいという気持ちが待っているのが普通であるので,これは生物学的に見れば子孫を残す強い動機となる.恋すると,あらゆる困難を乗り越えてでもその人と結ばれたいと狂気にも似た行動さえとることがあるわけだから,子孫を残すために有利に働く反応行動だと思われる.さらに恋が満たされ結ばれるとたまらない至福感が訪れるものだが,これも子育てというその後に訪れる苦労とのバランスシートという点で,それを乗り越えようとする動機を与えているともいえよう.あるいはちょっとうがった見方をするならば,その苦労を一時的に忘れさせ繁殖に走らせるための,遺伝子の罠かもしれない.

さて,「恋愛」という文字にあるもう一つのキーワードは「愛」である.愛という語は非常につかみにくい語である.フランス映画などを見ていると,愛は性愛であるとして描いているのではないかと思わされることが多い.しかし一方では人類愛,兄弟愛,親子愛というような,広く他者に対する思いやりのような意味でも使われている.そこで私は,恋愛という場面で使われる「愛」に限定して考えることにした.恋愛の中の愛とは,いうまでもなく,特定の男女のカップルの間に存在する愛である.

恋愛の「恋」が,相手という存在に対する反応として生じる感情ならば,「愛」にはそれと違う意味が含まれていると考えるべきであろう.これは「恋」を補うものであり,「恋」では成し遂げることができないことを成し遂げるためのものである.ここまで進化した人間のみが持ちうる精神がなし得る「何か」であると思われる.

もし恋愛というものが二人の間で永遠を志向するものであるとするならば,恋は.それをなしうるには力が足りない.感情というものは決して長続きはしないものだ.どんなに深い悲しみも時間が解決してくれるし,喜びもいつまでも続くものではない.これは,刺激に対する反応として生じている感情,つまり恋の持つ,いわば限界である.とすると,「愛」がその欠点を補うものとしての機能を果たすことになる,いやならねばならない.

時間が経っても変わらず保ち続けることができる人間の精神の営みは,「意志」に他ならない.私は,この強い意志こそ「愛」の本質をなすものであると考えている.結婚式で「…,病めるときも,….」というお決まりのフレーズがあるが,こういった状況を乗り越える人間の精神力は「意志」の力であろう.強い意志(=愛)があってこそ,二人の恋愛は永遠(=人生の長さ)を志向することが可能となる.意志は感情と違って,自発的に持つことができる.これはつまり「愛する」という能動的な行為を行うための必要条件である.

恋によって子育ての苦労予感を乗り越えて結婚に踏み切り,愛によって結婚生活を支えていくというのが,私の結婚観である.しかし,愛(=意志)を強く育てるのには,もう一つ重要な条件がある.それは「信頼」である.人間は元来弱いものであるから,強い意志も,何のサポートもなしには,長い時間持ち続けることはできない.意志を育て,持続させるのに必要なものこそが,相手に対する信頼である.恋の情熱が冷め,愛の意志が弱まる前に,お互いの人間関係をつくり,信頼を醸成することができれば,意志の力も補強され続け,困難な人生も乗り越えていくことができると思う.

とりわけ,男という性に要求されるのは,この強い意志であろう.それは,男の方が,脳の構造から見ても感情の右脳と理性の左脳の分離がはっきりとしているからで,感情に流されず,意志を貫きやすい特性を持っているからである.こういうことからも,私は男の愛の姿は強い意志の力で示されるべきと考えている.


追記:

このように考えると,恋は生物学的なものであり,愛は社会学的なものであるという見方もできる.人間が動物として繁殖していくなら,恋だけで十分である.しかし,この社会の枠組みの中で生きていくなら,愛(=意志)が必要である,ということになる.恋は社会の枠組みを超えたところで存在する普遍的なものであるのに対し,愛は社会体制の中でその形が変わりうるものであるともいえる.人が不倫をするのは生物学的な衝動に基づくものであろう.またその行為が今の日本社会の中で非難されるのは,その当事者の配偶者に対する「愛」の深さが疑われていることに他ならない.

銀河鉄道トップページ雑記ホームアメブロの同記事(コメントはアメブロの記事に) |


過去の記事

リンク



2015.12.25/エッセイ
二極化

故人生幸朗師匠のボヤキ漫才ではないが,最近なんか世の中の「表に出てくる」ものの考え方に違和感を感じ,ぼやきたくなることが多い.あまりにも ALL or NOTHING 的,あるいはステレオタイプ的過ぎるのではないか,ということである.

たとえば,酒気帯び運転・一発懲戒免職とかいった,多分多くの職場にあるであろう「規律」がある.断っておくが,私は酒気帯び運転・飲酒運転をしても良いなどと言っているのではない.飲酒運転という法を犯したあとの法的処置のあり方を言っているのでもない.職場の処置の「決め方」について言っているのだ.私もドライバーであり,夜酒を飲むことがある.そうすると,次の日の朝でも運転するのが怖いときがある.スピード違反はメーターを見れば判断できる.一時停止違反や一方通行違反は標識を見れば判断できる.しかし,今の自分のアルコール濃度が「血中0.3mg/mlまたは呼気中0.15mg/l」という違反の限度を超えているかどうかは,自身では判断できない.ごく普通の人が,通常の努力で判断できないことで結果として懲戒免職になる,という図式を許しているところにものすごい恐ろしさを感じる.

殺人事件でも,裁判で情状酌量の余地がある場合がある.この場合,物事の背景を考え,ケースバイケースで判断して判決を出すというのが法の精神であろう.懲戒免職とかいった,その人の人生を根本的に変えてしまうような処分を,情状の余地なく決めることが “できる” ような「規律」が,何の疑いもなく決められていく.もう一度言うが,わたしは飲酒運転をしてもよいと言っているのではない.何か大きな問題があると,すぐに ALL or NOTHING 的な対応をとることが目立つ今の社会風潮に変なものを感じると言っているだけである.

話は変わるが,政治家が最近軽率な発言をするということがよく報道される.与党の要職にある者がそういう発言をすると,野党はすぐに辞職しろと叫ぶ.ここにもものすごく単純なALL or NOTHING 的な図式がある.ここでもあえて言うが,私は軽率な発言がいいと言っているのではない.閣僚といった日本の国を動かす人々は,もっと注意深く考えて言を発すべきだということは至極当然のことであり,彼らの重要な資質であろう.しかし責任の取らせ方が「辞職」というそれだけ? 現実的には,発言の状況に応じてさまざまな責任の取らせ方があるような気がする.要は,物事の対応にあまりにも幅がなさ過ぎるということが言いたいだけだ.もちろん,これは野党の戦略という政治の駆け引きなのだろう.しかしそれを差し引いても,今の社会はこういった図式を容認しているような気がするのは,私だけだろうか.いや容認しているというより,それ以外の色々な意見を言えない世の中の雰囲気になっているのではないかと感じ,恐ろしい.

ものごとを二極化し,対立の構図として描くことで,ある概念は非常に理解しやすくなる.社会科学や自然科学でもよくなされる論法である.そして最近ではマスコミがよくこの論法を使っている.小泉首相の時代から,「○○劇場」という言葉がマスコミで使われるようになった.ドキュメンタリーをドラマ化するのに一番分かりやすい手法が,この二極化の手法である.小泉首相は「抵抗勢力」という言葉を使って,自身の立場と反対勢力の立場を二極化して表現した.これは非常に分かりやすい.民主党の小沢−反小沢というのも同じである.

最近では,大阪市長選挙で,平松氏の陣営が,橋下氏の政治手法を「独裁」という言葉を使って表現した.平松氏陣営の立場を「民主主義」という立場で(もちろんこのように公言はしていないかもしれないが),それに対し橋下氏の立場を「独裁」という言葉で表現し,二極化している.実際,「独裁」などということは橋下氏にできるはずもなく,民主主義のルールに則って府政を運営し,また市長選に立候補しているはずである.だから「独裁」と言って批判するのは,厳しくいうと「名誉毀損」になるのではないかとさえ思う.せいぜい許される表現は「独裁的手法」という語までであろう.

二極化はこのように物事を単純化して,わかりやすくする.でも,社会科学や自然科学で概念を二極化するのは,事実を明らかにするための出発点であるということだ.二極化した後,ある事象は,その二極化された概念のどちらの要素をどれくらい持っているかを分析・議論して,その両極の間のしかるべき位置に置かれていく.

ところが,今のマスコミをはじめとした情報提供者は,そこまでやらない.本当の分析はここから始まるのに,むしろどちらの極に入るかという類別を多くやっているような気がする.これは本来の二極化の趣旨とは逆の方向を向いていて,概念に事実を(無理に)合わせようとしているのだ.ALL or NOTHING も一種の二極化に他ならない.今の社会は,二極化した時点で,もはや思考停止してしまっているのではないかと感じる.



過去の記事

リンク



2013.12.25/エッセイ
森高千里

私は,森高千里(芸能人なので敬称は略させていただく)の詞が大好きな人間である.初めて森高千里の存在を知ったのは,1997年だったかと思う.もう,ラメラメ・フリフリの時代が終わって,声帯を傷めて長期休業を経た後のころである.何を歌っていたのかは忘れたが,テレビで歌っているクリップが,たまたま別の番組を録画した残りの部分に録画されていたのだ.もう長い間 J-POP などからは縁が切れていたが,思わずCDを探しに,中古メディアショップへ出かけたのだった.

さて,何がこんなに衝撃だったのかというと,たぶん例にもれず,はじめはその容姿であった.今までにない自分のタイプだとまさに電気が走ったのだ.そして,一番はじめに買ったCDは「PEACHBERRY」だった.いわゆるあこがれから始まった執着であったが,曲を何度も聞いているうちに,不思議と一つの共感が生まれてきたのである.歌詞が,「心情を風景に投影して表現している」という点である.この中の SWEET CANDY という曲など,その典型ではないかと思う.全部転載するわけにはいかないので,一部を引用させていただく.

「......

南風が夏の 街を通り抜けてく
今年の夏も あぁ 終わっていくのかな

映画館の前で はしゃいでいる子供達が
私の事を見ながら 手を振っている
空が蜜の色に 染まってくる夕暮れには
もう見えなくなるのかな あの白い月

......」(森高千里,1997)

失恋のような強烈な思い出というのは,そのときに自分がいた場所や風景に,深く焼き付けられているものであろう.私の初恋は大学生の時で少し奥手であったが,最初の苦い思い出は下宿の屋上で,二人で星を見ていたときであった.今でも,その風景は鮮烈に残っている.たとえば,そういった失恋の経験を詞にしようとするとき,悲しい心に向き合って,心の情景を詩にするか,その思い出が焼き付いた風景を詞にするかで,詞の感じは大きく変わってくる.私は,森高千里は,後者の感覚の持ち主ではないかと想像している.

上の SWEET CANDY は,失恋の時に焼き付いた風景ではないだろう.これは,想像するに,今まで彼と一緒に街を歩いていたときには,幸せに包まれて気にもしなかったその景色が,傷心を引きずって街を歩いている今はやたらとはっきり目に入ってくる,ということだろうと思う.その細かい一つひとつの風景描写が,逆に彼を失ってぽっかりできた空白を見事に表現していると思う.本当にいい歌詞だ.

森高千里は,自身の言葉で,作詞に関して次のように言っている.「具体的な作業としてわたしの場合は,詞を書くときに曲をもらってそれを何回も聴いて,浮かんできた情景や感情,言葉をメモする(森高千里 STEP BY STEP,1996).」,「詞を書くようになって,詞の中に自分をさらけだすこと,詞を通じて私という人間の性格を理解してもらうことの大切さも知りました(月刊カドカワ,1994年9月号)」.

このように,風景に心情を投影できる,というのは,彼女の心の中にそういう『情景』や『感情』が自然と生まれるからなのだろう.そういう意味では,私は,森高千里の歌詞というより,そういう情感を生み出せる『人』そのものが好きなのかもしれない.もちろんそれは私がそういう人間であるから,類を求めて,こういう感覚について語り合う誰かを求めているともいえる.

森高千里は,そのデビュー当時からコンサート映像がたくさん残されている.デビューのころの精一杯の姿から,引退を少し後に控えた,SAVA SAVA TOUR のころの余裕のあるコンサートさばきまで,アーティストとしての成長はもとより,人間としての成長が非常にはっきりと感じ取れる.ポカリスエットのイメージガールコンテストでグランプリを取ったことで芸能界デビューした森高千里は,はじめのうちは何も分からず,いわれるがままに映画やコンサートをやっていたようである.しかし活動を続けるうち,自分と向き合い,自分に何ができるかを考え,マイナス要因をもプラスに転じさせて,自分というもので勝負しようとする姿勢が鮮明になってくる.

あまり人間に興味を持たない私なのであるが,森高千里だけは違った.一度,森高千里の魅力についてどこかで書いてみたいと思っていた.まだ十分思いがまとまっていない部分もあって,この文章は,今後加筆訂正がなされそうな気がする.


引用文献:
1.森高千里,1997.SWEET CANDY.EPCA-7010,ブックレット.ONE UP Music INC.
2.森高千里,1994.森高千里オリジナリティ,月刊カドカワ,1994年9月号.
3.森高千里,1996.STEP BY STEP.扶桑社,東京.



過去の記事

リンク



2013.4.1/エッセイ
抽象的な映画を現実的に観る

映画の解釈を抽象的な,感覚的な言葉で語ることがよくなされている.特に解釈の難しい映画を説明するときにはよく使われる.しかし人間の脳,あるいはその神経ネットワークが,環境との関わりの中で形成されて来るという生物学的な事実,そして生まれてきてからも数々の経験がイメージを作り上げていくという事実を考えてみると,人間がつくる映像は,必ずどこかで現実との接点をもっているものと考えられる.そういった考え方から,私は,映画の中に展開される映像やストーリーは,現実の言葉や経験的事実に還元して説明できるはずであると思っている.それが制作者や監督の非常に個別的なものであったとしてもである.

ここでは,そういった視点で,難解で有名なデヴィッドリンチ監督作品のイレイザーヘッドを見ていきたいと思っている.以下では,すべて断定調で語っているが,本来は語尾に「…と思う」とついていると考えていただきたい.

イレイザーヘッドは,主人公のヘンリーという一人の若者の生き様を映像化したものである.貧しい,社会的な弱者である彼は,粗末なアパート暮らしをし,諦めにも似たような毎日を送っている.そんな彼にもロマンスはあった.恋人ができ付き合いもしていた.恋人メアリーも決して裕福な家庭の子ではなく,病気の祖母,配管工の父親,その生活に満足していない母親と共に生活をしているような状態である.そんな二人の幸せは,肌を触れあうその一時であったのだろう.だが,世間一般によくある結末と同じ,そのうち子どもができてしまった.母親は,今の生活が好転するかもしれないというほとんど唯一の希望であった娘を孕ませたヘンリーに激怒し,結婚を迫る.ヘンリーにとっても,今後新しい恋人ができて幸せになれる展望があるわけでもなく,結婚を承諾する.同居を始めたものの,こんな形で結婚した夫婦がうまくいくはずもなく,子育ての苦労もあって,結局メアリーは家を出て実家へ帰ってしまう.ヘンリーは残された子どもを一時は育てようとする.これも普通の父親の感情であろう.そんな中,向かいの美女と一夜を過ごす機会に恵まれる.美女の意図は分からないが,どんなにさえない男だって,こういったチャンスは一生に一度くらいはあるだろう.妻に去られ,子どもを抱えた男の心情からすれば,ほとんどあり得ない希望と知りながらも,この状況にすがりつきたくなるのは当然である.しかしそれも,美女が他の男と部屋に入るのを見て,無惨に打ち砕かれる.そしてますます深い絶望感にとらわれる.結局,子どもを殺し,自身も自殺する.

イレーザーヘッドの世界を創りだした現実的基礎は,こういった,ある意味平凡な人生の姿ではないかと考えている.平凡というのは,よくある話ということであるが,その状況に立っている個人にとっては,平凡という言葉では語れないほどの絶望・苦悩の中に落ち込んでいるはずだ.この映画はその苦悩や絶望や快楽や願望などを非現実的な映像を使って表現しているだと,私は考えている.

たとえば,メアリーの家に夕食に招待されたときに,チキンが動いたり,体から液体がどろどろ出てきたのは,メアリーの両親の怒りを象徴している.決してあなたを歓迎してはいないという怒りを表現している.しかし一方で,娘と結婚したら,一応義理の親子という関係で生活もしなければならない.父親の不気味な笑顔は,それを表現している.

子どもが奇怪な姿をしているのは,もう明らかだと思われるが,この子が,誰からも望まれた子でないことを象徴的に表現している.メアリーの母親にとっては,自分の希望を打ち砕いた怪物であり,メアリーにとっては,自分の人生を束縛する人間であり,ヘンリーにとっては,まだ十分に愛情を注げない異邦人的な存在である.そんな彼が,病気になった子どもを加湿器で看病する様は,病気の時に何をしてよいか分からない男親のあわてぶりを表現していて滑稽である.子供を持った男性なら感じられると思うが,このあたり,父親と子どもの微妙な心理的距離感が描かれている.一方母親メアリーと子どもの距離感は,子育てにいらつくあたり,愛憎ともに距離が非常に近いことを,極めて普通に描いている.

美女とのベッドシーンで白い水の中に水没するシーンは,言わずもがなであろう.ヘンリーにとって強烈なセックスであったことを表現している.

その他にも,郵便箱のムシ,メアリーの体から出てきた細長い生き物上の物体とそれを踏みつぶす行動,脳みそが消しゴムになることなど,たくさんの奇怪な映像があるが,二人の立場や心情を考えるときっと解釈がつくものと考えている.

難解な映画も,このように現実的な基礎をきちんとつなげていけば,解釈できるのではないかと思う.もっとも,あまり夢はなくなってしまうが.最後に,イレイザーヘッドのこの解釈が当を得たものであるかどうかは私には分からない.監督のみが知ることである.



過去の記事

リンク



2011.12.21/エッセイ
自然保護に関する価値観の私的混乱

私は一介のナチュラリストとしての活動をしているが,最近は,希少な,あるいはそうでないものでも,生き物を大切にする,さらには自然環境を護ることは自明のこととして語られることが多い.同好の人たちと話をしていても,ほとんど何の疑いもなくそういう価値観のもとで発言したり,活動したりしている.しかし,「自然保護」の価値とは一体何なのか,この問題は,かなり前から私を悩ませている.

ナチュラリストと称する人たちは,毎日のように直接自然とふれあっている.それもある特定の分類群の生物にかなり濃密に接しているので,それらの盛衰を肌で感じることができる.だから,それらの生き物を護りたい,と感じるのもごく自然なことである.私もそういった感情は常に持っている.しかし私がここで述べたいのはそういう心情の話ではない.

鷲谷いづみ・矢原徹一氏が著した「保全生態学入門」という本があり,この中に,「生物多様性」の価値を論じた部分がある.こういった哲学的な問題を科学啓蒙書で解説するのは,環境保全という価値が自明のことではないという著者の意識の表れであると推察される.

この本によると,生物多様性の価値は,大きく分けて,「直接的価値」と「間接的価値」があるとする.前者は「消費的使用価値」と「生産的使用価値」とに,後者は「非消費的使用価値」,「予備的使用価値」および「存在価値」に,それぞれ分けられている.「○○使用価値」と称するものは,内容は何であれ,自然は人が利用できるので価値があるということである.最後の「存在価値」が少し立場が異なるものである.少し引用すると,「地球の歴史とともに長い年月をかけた生物進化という特別な過程によって形成され,それぞれ固有な生態的条件のもとに維持されている生物の多様性は,それ自体が尊く,慈しむべきものである」とし,さらに1982年の国連総会で採択された世界自然憲章から,「ヒトは自然の一部であり,すべての生命は尊厳を持って考えられるべきである」という部分を引用し,最後に「地球と生物の長い歴史の所産である『種』を人為的に絶滅させたり,生物多様性を損なうことは,倫理的に許されるものではない」と結んでいる.

私はこういった価値論は理解できる.ただ私がこだわっているのは,上の引用にもあるが,「ヒトは自然の一部である」という部分である.これは世界自然憲章に次のように書かれている部分から,引用したものと考えられる.

Mankind is a part of nature and life depends on the uninterrupted functioning of natural systems which ensure the supply of energy and nutrients.

<自訳>ヒトは自然の一部であり,エネルギーと栄養の供給を確かなものとしている自然のシステムの持続的な機能に依存している.

この場合,ヒトを自然の一部ととらえているのは,ヒトは「自然の」機能に依存して生きているから,ということであろう.そこで,この後,「故に,ヒトは自然を大切にしなければならない」というふうに端的に結んだとすると,これは「ヒトが今後も健全に生き発展していくために自然を護るべきだ」,ということになり,結局ヒトとヒト以外の自然を対立的に捉えていることになる.

「ヒトは自然の一部である」ということを文字通り「ヒトは自然に含まれる」と解釈するならば,たとえば環境を改変することは,大脳を進化させてきたヒトの「自然な」営みであるということになる.つまり,現在の人類の文化も都市も科学技術も工業化も薬剤使用も,すべてが「自然の」枠組みの中で起きているいることといえる.その結果,仮に人類が滅びたとしても,それは「自然な」こととなる.

こういった考え方が非常に危険な思想であることは,たぶん間違いないだろう.絶滅可能性を担保にして,今の自由奔放な人類の活動を肯定することにつながるのだから.しかし,地質時代を,絶滅と繁栄でくぐり抜けてきた生物の歴史をみると,ヒトという種も,その中のほんの一員でしかないことは紛れもない事実である.極端な話,環境破壊によって人類が滅んでしまったとしても,今から1億年も経てば,また「別の」生き物あふれる「自然豊かな」地球が復活している可能性は十分にある.地球から見ればヒトとはそういった存在であろう.私の知り合いのある女性が言った「自然破壊,自然破壊と人間がいくら叫んでも,地球さんは笑っているよ」と言った言葉が忘れられない.

こう考えると,ヒトと自然を対立的に捉えた自然保護思想は,ヒトのためのものであって,ヒト以外の自然のためのものではない.しかし逆説的に言えば,それがヒトという種にとってもっとも「自然」でもあるのだ.自分を護るために自然を護る.生物が自己保存のために行動するのはもっとも「自然な」営みである.ヒトを枠外に置いた上での「地球を大切にする」とか「生物多様性を大切にする」とかいう考え方は,すべて「ヒトを護る」ということが目的となる.

ところで,たとえば「○○という種はいなくても,別に人類が滅びるわけではない」といった論理もある.人類存続のために必要十分な(最小限の)自然を護ればよいといった考え方もある.そこで,ある種が絶滅しそうだからといってそれが人類の存続にどうつながるかどうかといったことについては誰にも証明はできないから,「予防措置的に自然を護りましょう」,といった論理が生まれる.

特定の生物群の研究者・研究家が,彼らの愛すべき種が消えようとしているときに,この論理に飛びつきたくなるのは当然である.現在自然保護の思想は,法や条例に制定されるほど,かなり社会に浸透している.だから,この論理もかなり社会で通用する論理になっている.でも,法や条例に基づいて種が消えることを避けようとする行動を始めると,社会に経済的負担をかけることが現実的にはかなり多い.私もそういった中に身を置いたことがあるが,納税者としては非常に悩ましいところだ.

本格的な研究者でもない一介のナチュラリストが自然保護を叫んでもいいのか,という悩みは,私にとってかなり深刻である.そっと自然の現状を観察して,その事実を公表するのが精一杯ということにならないか.ただ,その事実も本当に正しい情報をもとに認定していることなのかという不安が伴う.

自然保護の思想には,こういった考え方のほかにも,次世代の子どもたちのために豊かな自然を残すといった,教育的な観点もある.その他,歴史性,希少性など,価値の置き所はたくさんあろう.しかし何に価値を置いても,結局「価値」というものは,一人ひとりの人間の生き方の中で判断されるものなのであるから,自分はどういう生き方をするのか,という問題に帰結してしまう.ここで私は思考が停止する.そしてなかなか前に進めないでいる自分がいる.


<引用文献>
1.鷲谷いづみ・矢原徹一,1996.保全生態学入門.文一総合出版,東京.



過去の記事

リンク