鉄道と旅 1970s
四国のSLを追って (3)地蔵橋から小松島へ/1969年7月28日 [牟岐線]
 四国訪問の3日目,7月27日はお休み.4日目,7月28日の午前の部は,まず高松を4:37に出て531D列車で一気に地蔵橋まで行きました.地蔵橋到着は6:48.朝,地蔵橋駅で行き違う78647の引く522列車と,C58 104の引く422列車を撮影しました.522列車は一昨日佐古駅と蔵本駅の間で撮影したものと同じ列車です.牟岐からの522列車が発車した後,徳島線からの422列車が小松島の方に向かって出発です.やはりどちらも偶数列車番号で,上り列車同士の行き違いです.

朝の地蔵橋に到着する522列車.78647.蔵本駅まで乗り入れている牟岐線の列車である.地蔵橋駅.
▲朝の地蔵橋に到着する522列車.78647.蔵本駅まで乗り入れている牟岐線の列車である.地蔵橋駅.
徳島線から来た422列車.C58 104.地蔵橋駅.
▲徳島線から来た422列車.C58 104.地蔵橋駅.
 これらを撮影してから中田の方に向かって歩き,いくつかの列車を撮影しました.ここは平地の水郷地帯で,水田の中を走るSLを見ることができます.この線区は,牟岐線の列車に加え,特に朝には徳島線,高徳線の回送列車も走り,たくさんのSL列車を見ることができました.

上二枚は424列車.C11 31.地蔵橋−中田.

回送321列車.C58 104.地蔵橋駅.
▲上二枚は424列車.ローカル線なのに9両もの客車を引いている.C11 31.地蔵橋−中田.
 このC11 31の引く列車は一昨日蔵本−佐古間で撮影したのと同じ列車です.これも偶数の列車番号が付いていますが,蔵本駅から来たもので,徳島線から牟岐線に入って小松島の方へ行くときには上りの番号のままという面白い列車です.たしかに始発とその次の蔵本−佐古区間は上り線ですから,出発時は確実に上り列車です.そういう理由でこの番号を引き継いでいるのでしょうね.

高徳線321列車の回送.C58 333.地蔵橋−中田.
▲高徳線321列車の回送.C58 333.地蔵橋−中田.
 この回送321列車は,高松駅を早朝に出発し,大坂峠を越えて徳島までやってきた列車です.小松島まで回送しています.こうやって列車番号を見ていると気づきますが,300番台は高徳線,400番台は徳島線,そして500番台は牟岐線の列車となっているようです.

徳島線426列車の回送.78647.地蔵橋−中田.
▲徳島線426列車の回送.78647.地蔵橋−中田.
 一連の列車を見送ってから地蔵橋へ戻り,いったん徳島へ戻ってから次は小松島へ行きました.小松島に着いたのは10:50.ここで小松島機関区を見学しました.もちろん許可を得てからの見学ですが,この当時は本当に気安く見学を許可していただけました.小松島機関区で休んでいたC58 333やC11 31は,この上の写真の列車を引いていたものです.小松島線は今は廃線になっており,下のような機関区の風景を見ることももうできません.

小松島機関区の風景.今はこの姿を見ることはできない.
▲小松島機関区の風景.今はこの姿を見ることはできない.
C58 332,C58 333のそろい踏み.小松島機関区.
▲C58 332,C58 333のそろい踏み.小松島機関区.
 ここには,完全に火を落として休んでいる68692がいました.この旅で見た,活動していたハチロクは78647と78680でした.まもなく無鉛化される四国で,この68692が再び走ったかどうかはわかりません.ハチロクの車体の曲線とスポーク車輪が私は好きでした.このC11もハチロクも,番号の下に形式名が書かれてあるプレートをつけています.78647や78680にはそれがありません.またこの68692は番号のフォントが78647などとは違っていて,これがレトロな感じをかもしだしています.

機関区に入ってくるC11 31.小松島機関区.
▲機関区に入ってくるC11 31.小松島機関区.
完全に火を落として休んでいるハチロク,68692.
▲完全に火を落として休んでいるハチロク,68692.
 小松島駅を出たのが11:22で,7月28日午後の部はいよいよ大坂峠です.平地の田園地帯を軽やかに走るSL列車と違い,急勾配を登るC58の勇姿を見に行きます.