鉄道と旅 1970s
四国のSLを追って (7)徳島駅の78680/1969年8月2日 [徳島駅]
 午前中に大坂峠を登るC58を撮影した後,地蔵橋付近の通過列車が少ない時間帯に,昼食も兼ねて,徳島駅にやってきました.以前ちょっと見た78680の入れ換え作業を撮ろうと考えていたからです.

 入れ換え作業は発車とブレーキの繰り返しで,機関車がかなり傷むんじゃないかと,どうでもいいようなことを考えながら,見ていました.この時代は,大阪の吹田操車場でもSLが入れ換え作業をしていました.第一線を退いたSLたちは,最後の活動場所を操車場に見いだして頑張っている時代でした.



▲荷物列車を入れ換えている,78680.1969.8.2.
 どこかから徳島駅にやってきた貨物車両,おもにワム形式を,1台1台,行き先に応じてつなぎ変えていく作業は,鉄道が貨物の主役だった時代を物語っています.そして新しい編成になって,目的地へ運ばれていきます.そう考えると,貨物車両は全国を駆けめぐっていたということになるのかなぁ.



▲貨物車両の入れ換えをする,78680.1969.8.2.
 操車場は道路のすぐ横にあるのですが,この時代の車の古さが,SL時代にマッチしてます.入れ換え作業のビデオもありますのでいっしょに紹介しておきましょう.

▲操車場の外には時代を感じさせる車が止まっている,78680.1969.8.2.

▲ハチロクのスポーク車輪,78680.1969.8.2.
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▲78680の入れ換え作業.徳島駅操車場.
 徳島駅の操車場ではC58も入れ換え作業をやっていました.機関車はいろいろなことに使われて,結構大変なんですね.



▲上から,C58 110,C58 88,C58 12.徳島駅操車場.1969.8.2.
◆◆◆ 旅の終わり

 ということで,あとは前々回紹介しましたように,地蔵橋付近へ足を運び,ハチロクを撮影しました.そして均一周遊券が切れる8月3日,最後まであきらめず,高松4:37の531D列車(もうこれ通勤列車並みに利用しましたね)に乗って,地蔵橋へ行き,最後の撮影をしてから徳島9:50発502D急行むろと1号(キハ28 2490)で高松へ,宇高連絡船伊予丸で宇野へ,そして山陽線に乗り継いで帰宅しました.

 ブログの方へお越しいただいた南東風さんが言っておられましたが,この撮影旅行は本当にぎりぎりのタイミングだったようです.実は7月28日に大坂峠で撮影しているとき,香川県の方と出会って,(その方も大坂峠へはよく来られていると言っていました)「高徳線のSLは8月でなくなる」ということを聞きました.毎日重いテレコや8mmやカメラを担いで,早朝高松駅4:37の531Dに乗ってがんばれたのは,この一言があったからだと思います.まさに初めての撮り鉄(今はこう言うのだそうですね)旅行で,若さで走り回った感じでした.でも,今思うと,他の撮り鉄旅行よりずっと充実していて良かったと思っています.