鉄道と旅 1970s
呉線(3) 広島付近と糸崎機関区/1970年3月22日 [呉線]
 広島ユースホステルで朝をむかえました.あいにくの曇天,午後からは雨になりそうです.今日はネオパンFは使わず,ネオパンSSを使うことにしました.この天気ではASA100でも厳しいような気がします.朝食をとってから広島駅に行きました.

 実は昨日の安芸号,少しピントが甘かったのです.今ならデジカメですから,昨日の撮影状況をすぐに確認して,次の日の計画を修正することができます.でも,この時代は銀塩なので,うまく撮れていることを期待して,予定にしたがって行動しました.今日は,呉線は安登付近と忠海付近でねらうことにし,あとは,広島から海田市間の山陽本線,そして糸崎機関区を訪れることにしています.


◆◆◆ 山陽本線 (広島−海田市)

▲D51 1059.広島駅.呉線923列車?.923レはD51が引いていることが多いらしい.
 今になって思うと,こういったところで撮影したSLというのが貴重なものに思えます.景色のよい有名撮影地で撮るのはもちろん気持ちがいいものですが,時間が経ってSLが消えてしまうと,ごみごみした街中を走るSLになんとなく生活臭のようなものを感じてしまうのです.これはこれでまたSLが生きていた証のような気がします.

▲927列車,C62 16.向洋駅.
 まずは,広島駅7:44発の山陽本線の電車328Mに乗って,向洋駅へ行きました.旅行メモによると駅弁を200円で買ったと記しています.物価が安かったですね.昨日小屋浦付近で撮った広発の普通列車が,次々と広島めがけてやってきています.上は向洋駅を発車するC62 16牽引の927列車.

▲貨物676列車,D51 262.向洋駅.入線を駅長が見守っている.
 しばらくすると,隣のホームに呉線の貨物676列車が入線してきました.駅長さんでしょうか,停止位置を誘導しています.私のいるところは山陽本線のホームなので,すぐに渡って呉線のホームへ行きました.この次は呉線のSL牽引624列車に乗って安登の方まで向かいます.ちょうどこの貨物列車の横に,624列車が入線してきました.

▲貨物676列車D51 262と旅客624列車C59 162.向洋駅.
 機関士さんにお願いして写真を撮らせていただきました.これは40年前の写真ですから,機関士さんもご存命であればきっと70から80歳くらいでしょう.何かのご縁があればこの写真を差し上げてもいいくらいです.本当にこのころの機関士さんたちは親切で,鉄道ファンの「少年」にはいろいろとポーズをとったりしてサービスしてくださいました.

▲624列車,C59 162.3人の機関士さんたち.向洋駅.許可を得て撮っています.
 さて,時間もあわただしく,この列車に乗車しました.向洋発8:29です.朝の広発のSL普通列車群は上の927列車で終わりですので,次は糸崎からの621列車が来るはずです.ダイヤによると,向洋−海田市間ですれ違うはず.案の定やってきました.

▲621列車,C62 37.海田市−向洋.624列車内から撮影.
◆◆◆ 呉線 (安登付近)

 さて,しばらくはSL列車の旅を楽しみます.C59 162の引く列車はどんな感じだったかはもう忘れてしまいました.古い客車の1両目に乗って,機関車の息づかいをききながら,安登駅までの約1時間20分の旅です.私は「撮り鉄」ではありましたが,「乗り鉄」でもありましたので,移動を味わうこういう旅がたまらなく好きでした.今は窓を開けて走る古い客車もないし,なんか情緒がありません.だいたい歳を取るとこういったボヤキが多くなります(笑).

▲624列車,C59 162.安登駅.
 安登駅に着くと,列車から降りるやいなや,発車のシーンを撮影するために向かいのホームへ渡りました.このころは線路を横断して渡るのが公式ルートで,便利でした.同じ列車に乗ってきた鉄道ファンたちが発車シーンを撮影しています.

▲624列車,C59 162.安登駅.
 この624列車は一足先に糸崎へ向かって発車していきました.安登周辺では,下りの急行安芸をねらうことにしています.今日は下りということもあって,安芸川尻の方へは行かず,安浦の方に移動して撮影地を探しました.でもいいところはありません.いつもそうなのですが,安芸をねらうときは凝りすぎて失敗します.


▲37列車急行安芸.C62 15.安浦−安登.
 普通列車の客車と違って,安芸はオロネ10などの寝台客車を引いていますから,ちょっと違った感じです.C62も少し鼻が高くなっているようにも感じます(機関車トーマスの見過ぎ!).機関車列車の写真は,向かってくるのもいいのですが,去っていくシーンに何か郷愁を感じます.さて,こちらも糸崎へ移動します.安登12:09の640D列車に乗り込みました.途中須波で675列車と行き違いました.いつのまにか雨が降り始めていました.

▲貨物を待つ640D列車と675列車.D51 755.
◆◆◆ 山陽本線 (糸崎駅と糸崎機関区)

 糸崎では先に到着したC59 162がいました.糸崎駅では昼食をとりましたが,これまた「そば」が60円と記録しています.いや,本当に食費が安かったですね.ちなみにこのあと忠海でパンを買ったのですが,これが2個で40円でした.


▲C59 162.糸崎駅.一度切り離されて,もう一度客車の先頭に付け替えられた.
 糸崎の操車場ではC50が働いています.C50という形式のSLにはそうめったにお目にかかれませんので,ここでじっくりとC50の入れ換え作業を見学しました.ゼブラカラーに塗られて,入れ換え専用機になってしまっていますが,懸命に働いていました.

▲C50 88の入れ換え作業.糸崎操車場.
 続いて,糸崎の機関区を見学しました.C62やC59はほとんど出払っていて,C59 161が1台いただけでした.糸崎区に所属する機関車は多いと思いますが,現役で活躍しているため出払ってしまっているのでしょう.あとはD51とC50.1台プレートをはずされたC62 41がいました.

▲糸崎機関区.D51などが止まっている.
▲D51 458,D51 594.糸崎機関区.
▲C50 66とC62 41.
▲C59 161.糸崎機関区.
◆◆◆ ふたたび呉線へ (忠海付近)

 さて,時刻も次第に遅くなってき,雨も降って暗くなっています.最後にもう一度急行安芸を撮るために,呉線に戻ることにしました.糸崎14:55発の645D列車で移動しました.途中の須波駅でD51 818の引く626列車と行き違いました.

▲645Dと626列車.D51 818.須波駅.
 忠海には15:23に着きました.付近で海を入れて撮影します.しかし雨は本降り,空も暗く,さらに間が悪いことに,機関区でフィルムをネオパンFに入れ換えてしまったのです.こんな天気でASA32では,撮った写真はすべてぶれたり流れたりしていました.急行安芸は結局満足行く場所でベストショットを決めることができませんでした.まあ,最後に記念として流れた安芸を掲載しておきます.これもネオパンFの功「罪」ですね.

▲本降りの中を走る38列車急行安芸.C62 15.忠海−安芸幸崎.
◆◆◆ さらに旅行は続く

 さて,この呉線の旅は,今回の旅行の序章に過ぎません.これから大阪へ戻って,急行「きたぐに」で一気に裏日本を目指します.とりあえず行程を記しますと,忠海17:35発646Dで三原へ17:57着,そこから18:07発202M急行つくし2号で大阪到着22:01でした.